自分の信じた道を貫いて。

昨日のmai place読書合宿第12回は、「今まで、自分の信じた道を続けてきて良かった」と心からそう思えた瞬間でした。

自分が学生時代にFUNに所属して描いた夢が、「若者が生き生きと夢や目標を描けるような環境を作り、自らの信じた志を持って、日本に貢献する優秀な人材を輩出したい」というものでした。

なぜなら、小学生から大学生へと学校教育を通じて様々な知識を養う中、本来なら自分の選択肢が広がり、具体的な夢を描いてもいいはずなのに、段々と年をとるにつれ、全く自分の将来が描けず、精神的に塞ぎ込むか、自分で見切りをつける人が多くなってくるからです。

そして、いざ偏差値やテストの点数で自分を図るものさしがなくなり、限られた選択肢ではなく、自由に決定できる「仕事」というものを考える就職活動が、なぜか「嫌なもの」「きついもの」「早く終わらせたいもの」としか受け止められず、仕事に対しても最初から良いイメージを抱いていないという現象に奇妙な想いを抱いたからです。

これはもちろん、自分にもあてはまっていたのですが、周囲も合わせて、こんな日本の若者の現状を放置して、未来の日本が明るいものになるはずがないと思っていました。

だから、私はそんな日本の現状を打破したい、自分も含めて生き生きと未来を描き、それに向って努力していく後輩たちをたくさん作りたいという想いがあったのです。

そして、FUNに所属して卒業後も後輩や学生達のサポートをし、mai placeという自分の事業所を持ってやってきたこの5年間で確信したものは、「職業観」の重要性であり、人間の弱い部分を思想として体系化した社会主義的な価値観を打破し、伝統的な職業観と会計センスを養うことが、自分の夢を実現し、この日本にも多大に貢献出来るというものでした。

「職業観」とは、「仕事とは」「働くとは」「給料とは」という定義をしっかりと学ぶことにあります。これがずれると、「仕事はきつい、嫌なもの」というネガティブなイメージになるわけですが、ほとんどの人が学んでいません。

ただ、これを精神論ではなく、しっかりと論理的に、また分かりやすく解説してくれていたのが、FUNの顧問でもある小島さんでした。

私は、そんな小島さんが教えてくれる歴史・古典・会計・語学・スピーチ・ビジネス・・・・というありとあらゆるものが、職業観形成に繋がり、そして先人に感謝し、後世に責任を持つ、そんな優しくて強い日本の若者に育つ学びだということを実感していました。

だからこそ、もっとこの感動を多くの後輩や友人に伝えていきたいし、他の学生達にも伝えていきたいという想いを抱き続け、自分の事業所でもあるmai placeを昨年立ち上げる時には、「職を極める」ということを事業理念としました。

今回の読書合宿では、そんな「職を極める」にもふさわしい、元慶応義塾大学の塾長・経済学者の小泉信三さんの文献を読み、21名の参加者と共に、仕事について学ぶことの重要性や、正しい職業観を持つことの大切さを共有することが出来たことが個人的にも大変嬉しかったのです。

また、今回はmai place読書合宿を開催してから、一年という節目の回であり、大変感慨深いものがありました。

閉会の言葉では、思わず感極まってしまったのですが、自分の夢を理解し、賛同してくれ、多大な協力をしてくれている小島さんと、現在mp4というmai placeの学生スタッフを務めてくれている竹中君・森川君・諌山君・増田君の4人の存在が、大変私にとって心強い存在であり、また目の前にいる後輩の姿、そして今まで私に関わってくれていたFUNの同輩・後輩たちが一気に思い出され、なんとも言えない気持ちになったからです。

私の夢への実現はまだまだ始まったばかりで、まだ何も確立しているわけではないのですが、それでも今の自分に賛同してくれる仲間がたくさんいることが、何よりも私にとっての励みであり、頑張る原動力となります。

そして、一緒に「職を極める」同志でありたいと思っています。

また、FUNやmai placeに触れて、毎回の講座や勉強会に参加し、徐々に生き生きとした表情に変わり、成長する姿が、私にとっては大変な喜びでもあります。

まさに、生きがいですね。

これからも、多くの同志を増やしていきたいですし、地道に「職業観」の重要性を説き続けていきたいと思います。

今回の読書合宿に参加してくれた皆さん、本当に有難うございました。

来月からは、また初回に戻り、「西郷隆盛」をテーマに読書合宿を行うので、ぜひお楽しみに(^^

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最終回にスペシャルゲスト。

mai place新人コース第一弾の「営業塾」が昨日終了しました。

21人の受講者と、「営業とは何か」「仕事とは何か」ということを学んできましたが、終了後の受講者の顔は、「自分の仕事が楽しみでたまらない」といったもので、初めて自分の選んだ決断(内定先)を受け入れ、それに向かって努力していくことに嬉しさを覚えたようでもありました。

そんな営業塾最終回にふさわしい、スペシャルゲストが。

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東京でベンチャーキャピタリストとして働いているM地君です。

久しぶりの再会に懐かしい思い出がたくさん蘇りましたが、社会人2年目の今も、学生時代の熱い思いをそのままに仕事に励んでいる様子が感じられ、頼もしく感じました。

実際にM地君と話したFUN部員や、営業塾受講生も、その生き生きとした表情に、未来の自分の姿を重ねたことでしょう。

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学生時代に、女子学生向けの就職雑誌を作ろうとしたものの、その広告営業の難しさに打ちのめされていたM地君。それを知ったFUNの顧問の小島さんが、「営業の勉強を一緒にやろうか」というものから始まったのが、「営業塾」です。

現在は、「第6期」ということで、受講してきた学生は100人近くいるわけですが、その中でも「営業塾」が出来たきっかけを作った先輩が、社会人になってわざわざ話に来てくれるのが、何よりも受講生している学生にとっては嬉しい出来事だったことと思います。

有難うM地君(^^

新人コースは、次は「タイムマネジメント塾」ということで続いていきますが、M地君と同じように、現在受けている現役4年生たちの社会で活躍している姿を想像しながら、残り半年私も応援していきます。

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「受身」が大事。

「受身を鍛える」。

ずっとFUNで教わっていることです。
先日の同窓会で、久しぶりに卒業生と会っていろいろと話をしましたが、その中でも印象的だったのが、みんな会社では「明るい人」「楽天家」「タフな人」という印象を抱かれているということ。

恐らく会社の方は、そんなFUNの卒業生達を「元々そんな人格なんだろう」としか見れていないのかもしれませんが、実は違います。

どうして苦しくても、失敗しても、上手くいかなくても、次にすぐ前向きに向かうことが出来るのか…。どうして、常に夢に向かって毎日走り続けることが出来るのか。

それは、みんな学生時代にFUNで「受身」を鍛えたからです。

普通、一般的には「アウトプットが大事だ」という観点から、すぐに行動や実践をしたがるのですが、「インプットが粗末であれば、アウトプットが大したものでないのも当然だ」と、FUNでは、常にインプット、つまり受身を鍛えることを大事にしています。

だから、「文章が上手くなりたい」と思っても、いきなり書き方を鍛えるのではなく、名文と呼ばれる文章に触れ続けることを大切にしています。

「本物に触れ続けること」。
そうすれば、自ずと駄作や偽者を見分ける目が養われるということです。

ドイツでは、プロの職人のことを「マイスター」と呼んでいますが、特に靴が有名なドイツでは、幼い頃からマイスターの靴作りを傍で見せることによって、その子供は自然と本物の靴を見分ける目を養うことが出来るというものです。

これはずっと、顧問の小島さんが私達に教えてくれていることです。

だから、常にFUNの活動は名著と共に歩んできました。古今東西、名著と呼ばれるものは、一筋縄では簡単に理解できるような文章ではなく、中には意味すら理解できないような文章もありますが、とにかくそんな骨太な文章を読み続けること、そうすれば自ずと理解力や読むスピードも速くなります。そして、一人では恐らく読めないであろう文献も、近現代史勉強会や読書合宿、古典の会…と、小島さんの丁寧な解説があるので、卒業した今でもこんな勉強会に出ないわけにはいきません。

そして、各種講座の内容についても、常に「仕事とは何か」「やりがいとは何か」「営業とは何か」「古典とは何か」「独学とは何か」「会計とは何か」……と、根本的な定義をハッキリと示してくれるので、我欲にまみれた主観的な捉え方をすることなく、客観的で自分でも努力や行動を修正出来る正しい定義を学ぶことが出来ます。

…といっても、小島さんの勝手な想像や憶測から定義されたものではなく、古来から日本にある伝統的な職業観に基づいて教えてくれるので、聞けば誰もが納得するものばかりです。

こんな学びを学生時代に徹底的にしている卒業生は、社会人になってからも「仕事が楽しくてたまらない」「お客さんの悩みの解決法を常に考えている」「休日も勉強」など、他の同期とは違った反応を見せては周囲を驚かせているようですが、それが当たり前となっているので、これからも五年、十年と経てば、さらなる活躍を見せているんだろうな、と思えるほどです。

「受身を鍛える」。

実は、そこには「職業観を養う」ということが深く関わっています。
FUNでは、卒業生により、少しずつその効果が表れていますが、mai placeでも「仕事を極める」というキャッチの通り、学生時代に徹底して職業観を養うことを目標としていきたいと思います。11月から始まる就職活動生向けの「mai place就活コース」の内容も、前面リニューアル&パワーアップして、現3年生の皆さんにお届けするので、お楽しみに。

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FUN同窓会を終えて。

「感慨深い」というのは、こんな気持ちを言うのだろうか…と、心からそう思えた時間を、先日終わったFUNの同窓会の中で感じることが出来ました。

私は、大学三年の秋からFUNに入部し、卒業後も毎日といっていいほど、FUNと関わり続けているので、このようなイベントになると自ずと運営の方に回ってしまいますが、それでも一人の卒業生として、FUNに所属できたことを嬉しく思いました。

そういえば、いつも全体を見ることを中心にしていて、個人的にどうということをあまり考えたこともなく、振り返ることも少なかったのですが、一昨日の同窓会では、久しぶりに自分の学生時代のことも思い出され、同時に当時の様子が鮮明に思い出された日でもありました。

一緒に活動した同期の仲間も、学生時代に夢を語り合った真剣な姿そのままに、今でも自分の仕事と向き合い、懸命に取り組んでいる様子がひしひしと伝わり、心から嬉しく、そして自分もその一員であることを誇りに思いました。

そして、今回の同窓会を開くにあたって、いつも大事にしているFUN創設者の安田さんの思いを、電話越しに改めて聞くことができ、もう一度自分の中で考える問いをくれた貴重な機会でもありました。

FUNを作る時のビジョンの大きさや意志の強さ、そしてその行動力には入部当初から「すごい」と思っていたのですが、その情熱を改めて今聞くと、最初から安田さんの中に大きくて揺るがないビジョンがあったからこそ、今のFUNの活動があるんだということが実感できます。そして、FUNが出来る前から親交のあった小島さんの変わることのない学生に対する姿勢があったからこそです。

そこに、自分も共感し続けて今までやってきたのですが、卒業生が一同に集まった姿を見ると、「間違ってなかった」と確信することが出来ます。

そんな「FUN」という組織と、入部から卒業していく部員の姿、卒業生達の姿、そして顧問の小島さんの姿を五年間一番近くで見続けてきた私は、強い組織というもののあり方がようやく分かってきた気がします。

自分が人材育成を主眼に置いた教育事業を行いたいと思うからこそ、FUNは私のモデルであり、これからの自分のあり方を問うことが出来る貴重な機会となりました。

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岡潔さんからのメッセージ。

現代の日本では、「人のため、国のため」というと、古臭い、地味だ、怪しい、通用しない…などという反応が返ってきそうです。

特に、若者は、「人のためより、まず自分のためになることを優先したい」と思っている人の方が大半だと思います。

確かに、現代私達が住んでいる社会を見ると、汚職や犯罪のニュースばかりで、自分を忘れて他人のため、ましてや国のためになんか尽くせるか、と思う気持ちを持つのも分からないでもありません。それだけ、尽くす価値がある「人」や「国」なのかと、一言言いたくなる気持ちも分かります。

そういう思いを象徴しているのが、「共産党員増加」のニュースでしょう。今の政府では頼りない、また自分の境遇はこれ以上改善されることはない、という思いが共産党への関心を高めているのでしょうが、これは少々恥ずかしい思いのする日本の傾向です。

原油高の影響で、物価も上がり、雇用環境も厳しい中、確かに国民の生活は厳しい状況にあると言えますし、この先不透明なことにも、不安や心配を募らせるばかりで、もどかしい思いを日々感じることが多いのも事実でしょう。

だからこそ、今自分達が貢献できることは何なのかを考えたいところですが、雇用が不安定なのも、社会保障が満足に行き届いていないのも、生活が厳しいのも、全て「政府が悪い、国が悪い」「こうなってしまったのも国に責任がある」という心理が横行していると、なかなか冷静に見つめることが出来ません。

学生の就職活動も、ここ2・3年は募集人員が増加し、採用市場も上向きにありましたが、また先細りになってくるのは、目に見えています。

そんな時、自分をどう捉えて頑張るかが大事になってきます。

というか、いつでも人間は景気や環境に左右されず、自分自身の捉え方に、悩み、苦しむことが多いです。

先日の日曜日に実施した「mai place第11回読書合宿」では、『岡潔』さんの文献をテーマに、自分の捉え方や、教育の重要性、人間の持つ情緒の大切さなどを、20人の参加者と共に、朝10時から夜の6時まで、じっくり学び、語り合いました。

岡潔さんが、44年前に憂いていたことを一つ一つ心を重ねて読んでいくと、どれだけ日本の将来を心配していたかが、じわじわと心の中に広がってきます。そして、その心配の通りに日本がなってきているのを、44年後の自分が実感しているのも、よく考えてみればぞっとするようなことです。

でも、大半はそんなことにすら気付かないでいることでしょう。

むしろ、自分達の身の回りには通信手段が発達し、様々な技術が開発されていることによって、「進んでいる」ということを疑わない人も少なくないと思います。

そして、現代はいわゆる「個人主義」が当たり前だとされ、自分がどう生きるか、どうあるべきか、どのように幸せになればいいか、と考えても、それが他人や国への貢献に繋がることはありません。

だって、「人の幸せより、まず自分が幸せになることが大事」なのですから。

「自分が幸せじゃないと、人を幸せにすることなんて出来ない」という考え方や言葉をよく耳にします。一見すると、真理を突いているように思えますが、これが実はどんなに寂しい考え方か、よくよく考えてみると分かります。

だって今、傍で友達が困っていても、自分が幸せになるため、成功するまでは、助けられないということだからです。でも、そうじゃなくて、今の自分でも出来る範囲で、助けてあげるということは出来ます。人との助け合いって、本当はこんなものではないかなと思うんです。

素朴に考えれば、誰でも分かることなんですが、「自分」のことしか考えられていない状態になると、先に挙げた「自分が幸せじゃないと…」という言葉に、納得してしまうのです。

話が少々脱線しましたが、私が今回の読書合宿において、様々な気付きがあったことの一つに、「現代の日本人の価値観は、確実に先人達とは違っている」ということです。

つまり、冒頭に挙げた「人のため、国のため」という言葉が、実は古来日本が大切にしてきた精神であるのに、「古臭い、地味だ、怪しい、通用しない」と既に、共有出来なくなっている事実です。

このような状態は、今の私達が(特に戦後教育を受けた戦後世代)、日本の歴史を知らない、日本の先人達のことを知らない、ということの証明だと思うのです。

それは、何故か。

それは、今の私達は、「人や国」と言われたら、現代の日本人や日本のことしか思うことが出来ないからです。

間違っても、明治やそれ以前の日本人を思うことはありませんし、ずっと先人達が守り抜いてきた日本の姿を思うことはありません。

だって、学んできていませんし、何より「知らない」のですから。

岡潔さんは、こんな状態になる日本を晩年心配で心配で、ならなかったのだと思います。

岡潔さんは、『日本的情緒』の中で、

「くにの歴史の緒が切れると、それにつらぬかれて輝いていたこういった宝石がばらばらに散りうせてしまうだろう、それが何とも惜しい。他の何物にかえても切らせてはならないのである。そこの人々が、ともになつかしむことのできる共通のいにしえを持つという強い心のつながりによって、たがいに結ばれているくには、しあわせだと思いませんか。ましてかような美しい歴史を持つくにに生まれたことを、うれしいとは思いませんか。歴史が美しいとはこういう意味なのである」

と言っています。

「共通の古(いにしえ)を持つ」。

実はこれが、私達に生きることの充実や、喜びを教えてくれるものなのです。しかし、残念ながら、現代の私達は岡潔さんのこの言葉ですら、読んでも理解出来なくなりつつあります。

だから、私は素朴で地道だけど、先人達の文献に迫ることを大切にしているのです。何故なら、私は「日本人」として生きたいからです。

毎月第一日曜日の読書合宿は、こんな思いで、講義をして下さる小島さんと共に、文献選びや講義レジュメなどを打ち合わせしています。

ちなみに今回の読書合宿は、高校生、大学生、そして保護者と、幅広い年齢の中での勉強会となりましたが、その年齢差を感じさせることなく、参加者一人ひとりにとって、素晴らしい勉強会となったようです。

主催したmai placeとしても、感激でした。

来月も実施します。お楽しみに(^^

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